国旗損壊罪になぜ反対するのか|高市総理の宿願阻む憲法の壁と反対論

2026年の日本における国旗損壊罪の議論を象徴するタイトル画像 政治・行政

ニュースやSNSのタイムラインを眺めていると、ふとした瞬間に「国旗を傷つける行為を罰するべきだ」という議論が目に飛び込んでくることがあります。

2025年から2026年にかけて、政治の世界でもこの議論は急速に熱を帯びてきました。しかし一方で反対論も根強く、「国旗損壊罪になぜ反対すのか」と疑問に思っている方も多いと思います。

一見すると「国の象徴を大切にするのは当たり前じゃないか」と感じますが、この問題の裏側には、私たちの「表現の自由」「憲法」が保障する権利、転じて戦後日本が守り続けてきた「民主主義」の根幹に関わる非常にデリケートな論点が隠されています。

この記事では、専門用語をできるだけ噛み砕きながら、なぜこの法律がこれほどまでに議論を呼ぶのか、その輪郭をはっきりと描き出していきます。

読み終える頃には、単なる賛成・反対を超えた、日本社会の深い課題が見えてくるはずです。

SUMMARY■ 本記事の要旨
Point表現の自由との境界線
Point外国旗保護との違い
Point2026年の政治動向
Point諸外国の処罰例と日本
RECOMMENDED■ こんな方におすすめ
反対理由を詳しく知りたい
表現の自由の歴史を学びたい
最新の政治動向を把握したい

国旗損壊罪になぜ反対の声があるのか?論点を整理

「国旗損壊罪」の新設。この言葉を聞いて、あなたはどう感じますか?

「自国の象徴を守るのは当然だ」という直感的な意見がある一方で、法律の専門家や人権団体からは、非常に厳しい反対意見が噴出しています。

まずは、現行の法律で何ができて何ができないのか、そして私たちが「反対」の声を理解するために必要な基礎知識から整理していきましょう。

日本における国旗損壊の定義と現行法の仕組み

物理的な国旗の破壊が既存の法律である器物損壊罪で処罰可能なことを示す解説スライド

まず大前提として整理しておきたいのが、現行の日本の法律でも、国旗を損壊する行為がすべて「無罪放免」というわけではないという点です。

ここが誤解されやすいポイントなのですが、現在の日本でも、誰かが大切に掲げている日の丸を勝手に引き裂いたり、燃やしたりすれば、既存の刑法で罰せられる可能性が十分にあります。

具体的には、他人の所有物である国旗を壊せば「器物損壊罪*1になりますし、役所などの公的な場所に掲げられている旗を損壊すれば「公用物損壊罪*2が適用されます。また、火を放って周囲に危険を及ぼせば「建造物等以外放火罪」にもなり得ます。

つまり、「物理的なモノとしての国旗」は、現在の法律でもしっかり守られているのです。では、なぜ新しい法律が必要だと言われているのでしょうか。

それは、推進派が「物としての価値」ではなく、「国家の象徴としての尊厳」を傷つける行為そのものを罪にしたいと考えているからです。

これに対し、反対派が懸念しているのは「尊厳」という極めて主観的な概念を法律に持ち込む危うさです。「大切に扱わなかったから罰する」という論理は、一歩間違えれば「国を愛さない者は罰する」という強制に繋がりかねません。

法務省などの公開している現在の「刑法体系*3を確認すると分かりますが、日本の刑法は基本的に「具体的な被害(財産の侵害や身体の危険)」を罰することを原則としています。そのため、形のない「尊厳」を保護の対象とすることには、法体系の整合性の観点からも慎重な意見が多いのです。

私たちが「国旗損壊罪になぜ反対するのか」という疑問の先に目にするのは、こうした近代法の原則を守ろうとする法学者たちの論理なのです。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*1 器物損壊罪:他人の所有物を損壊し、または傷害する罪。現行法では、他人の国旗を傷つける行為はこの規定によって処罰対象となり、所有権という財産的価値を保護している。
*2 公用物損壊罪:官公署で使用する物を損壊する罪。器物損壊罪よりも重い罰則が設けられており、公共施設に掲揚された国旗や備え付けられた旗の物理的な効用を保護の対象とする。
*3 刑法体系:犯罪とそれに対する刑罰を定める法規範の全体像。日本の刑法は、法益の侵害という客観的な結果を重視する「結果反価値」の考え方が運用の根底に据えられている。

日の丸の法的地位と戦後日本が歩んだ歴史的経緯

1999年の国旗国歌法制定時に示された「強制はしない」という約束の歴史的背景を示す画像

日本の国旗である「日の丸」が、法的に正式な国旗として定められたのは、実はそれほど昔の話ではありません。1999年に施行された「国旗国歌法」がそれにあたります。

それまでは、明治以来の慣習として日の丸が国旗として扱われてきましたが、法的な根拠は曖昧なままでした。この法律が成立した際も、国会では非常に激しい論争がありました。当時の政府は「国民に強制するものではない」ということを繰り返し強調し、ようやく成立にこぎつけたという経緯があります。

なぜこれほどまでに慎重だったのか。それは、日の丸が戦前の「軍国主義*4時代において、国民を戦争へと駆り立てる象徴として利用された歴史を切り離せないからです。戦後の日本は、その反省の上に立って「個人の自由」を最優先にする民主主義を築いてきました。

国旗損壊罪に反対する人々にとって、この法律の新設は、1999年の「強制はしない」という約束を破り、国家が刑罰という強権をもって再び「象徴の尊重」を国民に強いることと同じに見えるのです。

歴史の輪郭を辿れば、1958年の「長崎国旗事件*5など、国旗を巡る外交・国内問題は常にこの国の痛点でした。戦後、私たちは国旗に対してどのような距離感で向き合うべきか、ずっと悩み続けてきたのです。

推進派が「世界の常識」として他国の例を挙げることがありますが、ドイツやイタリアといったかつての枢軸国が、戦後に国旗のデザインを一新して再出発したのと異なり、日本は戦前と同じデザインを継続して使用しています。この「文脈の違い」こそが、日本において国旗損壊罪が他国以上に国家主義*6への回帰という警戒心を抱かせる理由なのです。

歴史的な事実に照らせば、この議論は単なるマナーの問題ではなく、日本の戦後民主主義のあり方を問うものだと言えるでしょう。

こうした歴史的な国家統制の是非については、こちらの記事「治安維持法と治安警察法の違いを徹底比較!時代背景や罰則まで解説」で詳しくまとめています。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*4 軍国主義:軍事力を国家の最優先事項とし、軍事的な論理で社会全体を統制しようとする思想。戦前の日本はこの体制下で国旗を国民統合と戦争遂行の象徴として強力に利用した。
*5 長崎国旗事件:1958年に長崎市内で中華人民共和国の国旗が引き降ろされた事件。当時の外交関係や刑法92条の解釈を巡り、日中間の大きな政治問題へと発展する契機となった。
*6 国家主義:個人の利益や自由よりも国家の利益、統一、権威を最優先に考える思想。国旗損壊を刑罰で禁じることは、この傾向を法的に追認するものだとして反対論の根拠となる。

国旗損壊罪に関する賛否の論点

国旗損壊罪を巡る国家の尊厳と個人の自由という真っ向から対立する価値観の比較スライド

ここで、現在議論されている主なポイントを、賛成派と反対派それぞれの視点からわかりやすく整理してみましょう。

この問題は、どちらか一方が完全に正しく、もう一方が間違っているという単純なものではありません。私自身、両方の主張を聞くと「なるほど、どちらの言い分も一理あるな」と感じることが多々あります。

視点 賛成派(推進派)の主な主張 反対派(慎重派)の主な主張
法のバランス 外国の旗は守るのに自国の旗を守らないのは不自然だ。 外国旗は外交問題を防ぐため。自国旗は国内の自由の問題。
国家の威信 主権国家として、自国の象徴を侮辱する行為は許されない。 威信は自由の保障によって得られるもので、強制するものではない。
表現の自由 侮辱目的の破壊は「表現」ではなく単なる悪質な嫌がらせだ。 国旗への抗議は重要な政治的メッセージ。規制は憲法違反。
社会の秩序 SNS等での過激な損壊行為は公序良俗を乱し、教育に悪い。 「侮辱」の定義が曖昧で、警察が恣意的に運用する危険がある。

賛成派の根底にあるのは「自国を誇りに思うのは当然であり、それを公然と貶める行為にはペナルティが必要だ」という正義感です。

一方で、反対派の根底にあるのは「権力が『尊厳』を定義し始めたら、自由な批判ができなくなる」という危機感です。この二つの正義が真っ向からぶつかっているのが、この議論の核心です。

「自分の学校の校章をわざと汚すのは失礼だけど、それを警察が捕まえるような学校って、本当に自由で健全なのか?」という問いが議論の本質に近いです。

刑法92条と外国国章損壊罪が守る外交上の利益

外国旗の保護が国際社会との摩擦を防ぐ外交上の知恵であることを示す画像

推進派の強力な武器となっているのが、現行刑法第92条の「外国国章損壊罪」です。ここには、外国に対して侮辱を加える目的で、その国の旗などを壊したり汚したりした者は、2年以下の懲役などに処すと書かれています。

これを聞くと、多くの人が「えっ、他国の旗を傷つけたら捕まるのに、日本の旗ならセーフなの? それっておかしくない?」と感じるでしょう。この「法の不均衡」こそが、国旗損壊罪を新設すべきだという主張の最大のエンジンになっています。

しかし、なぜ刑法92条が存在するのか、その本来の目的(保護法益*7)を詳しく見ていくと、少し景色が変わります。

この条文は、外国の旗そのものを尊ぶためにあるのではなく、あくまで「日本と他国との無用な外交摩擦や火種を防ぐこと」こそが真の目的にあるのです。

もし日本国内で他国の国旗が公然と燃やされ、それを政府が放置していれば、相手国は「日本政府は我が国を侮辱している」と受け取り、外交問題や最悪の場合は紛争に発展しかねません。つまり、これは「日本の平和と安全を守るための外交上のツール」なのです。

この性質は、相手国からの請求がなければ起訴できない(事実上の親告罪*8に近い運用)ことからも明らかです。反対派は、「対外的なトラブルを防ぐための法律」と、「国内で自分たちの旗をどう扱うかという自由の問題」を同列に論じるのは、論理のすり替えだと批判しています。

反対論を突き詰めていくと、この「外交」と「内政」の峻別という、非常にテクニカルな法律論に突き当たります。正確な条文解釈については、法務省の提供する資料や判例集*9を確認することをお勧めしますが、この「不均衡」に見える部分にこそ、民主主義の知恵が詰まっていると考えることもできるのです。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*7 保護法益:法律が刑罰を設けることで守ろうとしている利益や価値。生命、財産、公共の平穏などがこれに当たり、刑罰の必要性や範囲を決定する際の最も重要な解釈基準となる。
*8 親告罪:被害者などの告訴や請求がなければ検察官が公訴を提起できない犯罪。外国国章損壊罪は外交上の配慮から、当該外国政府の請求を条件とする特別な手続きが定められている。
*9 判例集:裁判所が過去に下した判断(判例)を体系的にまとめた書籍やデータベース。法律の解釈が争点となる際、実務上の指針や議論の根拠として不可欠な資料となるものである。

外国旗と日本の国旗の違いから生じる議論の歪み

外国旗保護と自国旗損壊罪の議論を同列に扱う危うさを法的に解説するスライド

前述した刑法92条と、これから作ろうとしている「日本国旗損壊罪」の間には、法理学*10的に決定的な違いがあります。それは、「誰が」「誰を」守ろうとしているのか、という構図の違いです。

外国旗損壊罪の場合、日本政府が国民に対し「よその国とケンカしたくないから、向こうの旗を壊さないでね」と要請する形になります。これは国際社会におけるマナーや安全保障の延長線上にあります。

しかし、自国の国旗を対象とする場合、それは「日本政府が、日本国民に対し、日本の象徴に敬意を払うよう命じる」ことになります。これは、国家と国民の関係性が全く異なります。

自国旗への抗議は、往々にして「今の政府のやり方は間違っている」「今の国家の在り方に反対だ」という、切実な政治的メッセージとして行われます。それを政府自らが「侮辱だ」と決めつけて罰することは、自分のことを批判する人間を黙らせる道具になりかねません。

項目 外国国章損壊罪(現行) 日本国旗損壊罪(提案)
対象 他国の旗・国章 自国(日本)の旗
目的 外交摩擦の回避(対外平和) 国家尊厳の維持(国内統治)
性質 外交の道具(請求が必要) 価値観の強制(疑念あり)
💡 POINT:統治の道具化

外国旗損壊罪は国際平和のため。自国旗損壊罪は国内統治のため。この違いを無視して他国と同じようにと語ることは、議論を歪ませるリスクがあります。

また、諸外国の例も一様ではありません。

推進派は「フランスやドイツも罰している」と言いますが、フランスでは2003年にサッカーの試合で国歌にブーイングが起きたことなどをきっかけに法改正が行われた経緯があり、そこには「移民問題*11などの複雑な社会背景が絡んでいます。一方で、アメリカのように「国旗焼却も表現の自由」として一切の処罰を認めない国もあります。

このように、国旗を巡る法律は、その国が抱える歴史的・社会的な「痛み」や「理想」を反映しているのです。日本において違いをどう捉えるかは、私たちがどのような国家像を描くかに直結しています

対外的な「安全保障*12の問題と、国家の尊厳の問題が複雑に絡み合っているのです。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*10 法理学:法の本質、基本原理、およびその妥当性の根拠を研究する学問。条文の字面だけでなく、法の背後にある哲学的・論理的な一貫性や正当性を探求する役割を担っている。
*11 移民問題:外国からの移住者が社会に与える影響や摩擦。欧州諸国では国家統合の象徴としての国旗の重要性が再認識されており、法改正の背景には多文化社会への反発も含まれる。
*12 安全保障:国家の存立や国民の生命・財産を外部の脅威から守ること。他国の国旗保護は、不要な外交摩擦を避けることで国家の平和と安定を維持するための手段としても機能する。

高市早苗氏ら推進派が訴える背景

政治的な動向に目を向けると、この法案の主導権を握っているのは「高市早苗」氏をはじめとする自民党内の「保守層*13議員たちです。

2012年に自民党が一度提出した法案は審議未了で廃案となりましたが、彼女たちの情熱は衰えることなく、2025年には「参政党」による独自の法案提出や、日本維新の会との連立政権合意への盛り込みなど、大きな進展が見られました。

彼女たちがこの法案にこだわる背景には、「戦後、あまりにも日本人が自国に誇りを持てなくなっている」という危機感があります。国旗を傷つける行為を放置することは、国家の解体を許すことに等しい、という信念があるようです。

また、海外で日本の国旗が侮辱されている現実に対し、国内でも毅然とした態度を示すべきだという「強い日本」への希求も感じられます。2025年の政治決戦を経て、保守層の支持を固めるための象徴的な公約として、この法案は極めて重要な意味を持っています。

しかし、推進派の中にも、処罰の範囲については慎重な議論があります。

例えば、「自分の買った旗を家で燃やすのはいいが、人前で見せびらかすようにやるのはダメだ」といった、私的領域と公的領域の線引きを模索する動きです。ただ、反対派からは「一度法律ができれば、なし崩し的に範囲が広がる」という疑念が消えません。

政治的な駆け引きの中で、この法案は単なる罰則の是非を超えて、日本の保守政治が目指す方向性を示すベンチマーク*14となっているのです。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*13 保守層:伝統、秩序、国家の権威などを重視し、急激な変革よりも社会の継続性を重んじる政治的立場。国旗の尊厳を守るための法整備は、この層にとって重要な政策課題とされる。
*14 ベンチマーク:本来は測量の水準点を指すが、ここでは比較の基準や指標という意味。この議論は、日本社会が国家の権威と個人の自由のどちらを優先しているかを知る尺度となる。

SNS拡散と公序良俗の維持を巡る新たな課題

SNSを通じて瞬時に世界へ広がるデジタル拡散が新たな火種となっている状況を示す画像

2026年現在、この議論をさらに複雑にしているのが「SNS」の存在です。

かつて国旗を損壊するパフォーマンスといえば、街頭でのデモや一部の過激な芸術活動に限られていました。しかし今は、誰でもスマートフォン一つでその様子を撮影し、X(旧Twitter)やTikTok、YouTubeなどで瞬時に拡散できてしまいます。そして、その動画が「バズる」ことで、多くの人を不快にさせたり、逆に模倣犯を呼んだりするリスクが格段に高まっています。

こうした「デジタル時代の侮辱」に対し、現行の器物損壊罪などでは対応しきれない、という声が賛成派から上がっています。

例えば、AIで生成した「国旗を汚辱する画像」をSNSで拡散する行為などは、物理的な「モノ」を壊しているわけではないため、既存の法律では裁きにくいケースが出てきます。これを「公序良俗*15を乱す「有害なコンテンツ*16として規制すべきだという論理です。

確かに、面白半分で国の象徴を弄ぶ動画が世界中に広まるのは、教育上も国家的威信の観点からも好ましくないと感じる人は多いでしょう。

⚠️ CAUTION:自由の萎縮

SNSでの表現を刑法で縛ろうとすると、パロディや風刺、さらには不注意な映り込みまでが侮辱として摘発される恐れがあります。デジタル空間における自由と秩序のバランスは、今最も難しい課題の一つです。

しかし、ここで反対派が指摘するのは「デジタル検閲」への懸念です。SNSでの投稿を処罰の対象に含めれば、警察によるインターネットの監視が常態化し、政府に批判的な投稿が「国旗への侮辱が含まれている」という名目で削除・摘発される未来が現実味を帯びてきます。

2019年の「あいちトリエンナーレ」で起きた騒動のように、芸術表現としての国旗の扱いが激しいバッシングを浴び、展示中止に追い込まれるといった事態が、法的な裏付けを持って加速するのではないか。

SNSという強力な拡散力を持つツールがあるからこそ、私たちはより一層、慎重な議論を求められているのです。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*15 公序良俗:公の秩序および善良の風俗。社会の一般的道徳観や秩序を指す法概念であり、これに反する行為は民法上無効とされたり、刑事規制の対象となったりすることがある。
*16 有害なコンテンツ:青少年に悪影響を与えたり、社会の安全を脅かしたりする表現物。インターネット社会ではその定義が難しく、規制の必要性と表現の自由の衝突が常に課題となっている。

国旗損壊罪になぜ反対するのか:基本的人権と法的根拠

「国旗損壊罪になぜ反対するのか」という問いの最も深い答えは、日本の最高法規である「憲法」の中にあります。

この法律が単なるマナー違反を罰するものだと思っていたら、それは少し甘いかもしれません。法的観点から、その具体的なリスクを見ていきましょう。

「基本的人権*17の侵害についても、公式資料を基に慎重に検討する必要があります。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*17 基本的人権:人間が人間として当然に有するとされる不可侵の権利。憲法によって保障されており、思想、良心、表現の自由など、国家権力によっても侵されない尊厳の基礎となる。

憲法21条が保障する表現の自由と象徴的言論

行為による抗議活動も日本国憲法が守るべき表現の自由に含まれることを示す解説画像

日本国憲法21条は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めています。

この「一切の表現」の中には、言葉や文章だけでなく、絵画、彫刻、音楽、転じて「行為を通じたメッセージ」も含まれます。

例えば、抗議デモで腕章を巻いたり、プラカードを掲げたりするのと同様に、国旗という「象徴」を損壊することで「国家の今のあり方に反対する」という強烈な政治的意志を示す行為は、「象徴的言論(Symbolic Speech)」として法学的に保護されるべき対象と考えられています。

もちろん、表現の自由も無制限ではありません。他人の権利を侵害したり、公共の安全を著しく害したりする場合は制限されます。しかし、最高裁判所のこれまでの判決を見ても、特に「政治的表現の自由」は、民主主義社会を維持するために最も尊重されるべき権利の一つとされています。

国旗を損壊する行為は、多くの人にとって極めて不快で、許しがたいものかもしれません。しかし、不快だからという理由だけで刑罰を科してしまえば、時の権力にとって不都合な表現をすべて排除できる危険な道を開いてしまうことになります。反対派は、この不快な表現をも許容する度量こそが、真の自由な社会の証であると主張しているのです。

もし国旗損壊罪が成立すれば、例えば政治的な風刺漫画で日の丸が汚れて描かれている場合や、戦争の悲惨さを訴える映画で国旗が泥にまみれるシーンなども、制作者の意図に関わらず「侮辱」として捜査の対象になる可能性があります。

この「萎縮効果*18(チリング・エフェクト)」、つまり「怒られるのが怖いから表現するのをやめておこう」という空気が社会全体に広まることこそが、民主主義にとっての最大の損失だと言えるでしょう。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*18 萎縮効果:刑罰や不利益な扱いを恐れて、国民が正当な表現活動や批判を自発的に控えてしまう現象。民主主義社会における健全な言論空間を阻害する深刻な弊害として危惧される。

日弁連が示す国旗損壊罪の反対理由と人権のリスク

日本の法律家団体である「日本弁護士連合会(日弁連)」は、これまで何度も国旗損壊罪の新設に反対する声明を出してきました。

日弁連が挙げる最大の懸念は、これが憲法19条の「思想及び良心の自由」を侵害するという点です。

あるモノを「損壊してはいけない」という禁止命令は、裏返せば「それは敬意を持って扱うべき大切なモノである」という価値観を、国家が国民に強制することを意味します。

敬意や愛国心は、本来、国民が自発的に抱くべき感情であり、法律で強制されるものではありません。強制された敬意はもはや敬意ではなく、国家権力に対する単なる服従に他ならないのです。

日弁連は、国家が特定の価値観を正しいと決め、それに対する不敬な態度を罰することは、「個人の尊重」を謳う憲法の基本理念を根底から覆すものだと批判しています。

⚠️ CAUTION:恣意的な運用

侮辱目的という主観的な要件は、警察の恣意的な運用を招きやすく、政権に批判的な活動家だけをターゲットにした別件逮捕や不当な拘束*19に利用されるリスクがあります。

さらに日弁連は、諸外国との比較についても、日本の歴史的文脈を無視した短絡的な比較は危険だと釘を刺しています。詳しい声明の内容は日弁連の公式サイトで閲覧できますが、そこには「この法律が一度できてしまえば、戦前の「治安維持法*20のような自由のない社会への入り口になりかねない」という、法律のプロとしての強い危機感が溢れています。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*19 拘束:身体の自由を強制的に奪うこと。政治的意図に基づく捜査や身柄拘束は、国際的な人権基準に照らしても重大な問題であり、民主主義国家としての信頼を損なう要因となる。
*20 治安維持法:戦前の日本で、国体変革や私有財産否認を目的とする活動を弾圧した法律。思想の自由を極限まで制限した負の歴史として、現代の法整備を議論する際の重要な教訓となる。

アメリカの国旗焼却の判例と表現の自由の哲学

不快な表現をも許容することが自由な社会の証明であるというアメリカの判例を示すスライド

表現の自由について語る際、避けて通れないのがアメリカの有名な判決「テキサス州対ジョンソン事件(1989年)」です。

1984年、共和党全国大会の会場外で、一人の男(グレゴリー・リー・ジョンソン)が当時のレーガン政権に抗議するために、星条旗を燃やしました。彼はテキサス州の法律に基づいて「尊厳ある物の冒涜罪」で逮捕・起訴されましたが、最高裁判所はこの有罪判決をひっくり返し、驚くべき判断を下しました。

最高裁は、「国旗を焼却する行為は、他人の所有権を侵害せず、暴動も引き起こしていない限り、合衆国憲法修正第1条が保障する表現活動にあたる」と認定したのです。

この時のブライアン判事の言葉は、今も世界中で引用されています。

政府が、ある思想の表現を、単に社会がそれを不快だとか合意できないと考えたからといって、禁止することはできない。」

これは、たとえ多くの国民が激怒するような行為であっても、それが政治的なメッセージである限り、政府が力で封じ込めてはならないという、自由民主主義の究極の哲学を示したものです。

この判決後、アメリカでも「憲法改正*21を求める動きが何度も起きましたが、現在に至るまで実現していません。アメリカ人も日本人以上に自国旗を愛する国民性ですが、それでも「国旗を守るために、国旗が象徴しているはずの『自由』を犠牲にするのは本末転倒だ」という理性が勝っているのです。

このエピソードを知ると、反対派の声が決して国を愛していないからではなく、むしろ「自由な国であることを誇りに思いたい」という願いから生まれていることが理解できるのではないでしょうか。

■ 脚注解説:より深い理解のために
*21 憲法改正:憲法が定める手続きに従い、条文を変更、削除、または追加すること。アメリカでは国旗損壊を禁じるための改正案が何度も提出されたが、表現の自由の重みの前で否決された。

2026年の通常国会で法案提出が見送られた背景と急展開

国旗損壊罪の行方を最終決定する2026年総選挙という急転する政治情勢を示す画像

2026年1月、政府が通常国会*22に提出を予定している61の法案リストの中に「国旗損壊罪」が含まれていないことが報じられ、永田町やネット上では一時騒然となりました。

2025年の自民・維新の連立合意によって制定が確実視されていただけに、「反対派への配慮で断念したのか」「法技術的な壁にぶつかったのか」といった憶測が飛び交いました。私自身、ニュースを追っていて『あれほど意欲的だったのに、一旦は棚上げにするのかな?』と感じたのが正直なところです。

しかし、この見送りは撤退ではなく、より強力な政治的カードとしての「再構築」でした。本日、2026年1月29日現在は、「解散総選挙*23(2月8日投開票)に向けた激しい選挙戦の真っ只中にあります。

去る1月27日の公示日、高市首相は東京・秋葉原での「第一声*24で、この問題に言及しました。高市首相は、宿願である国旗損壊罪が通常国会の提出リストから漏れた背景として、野党が法務委員長を務めるなどの「ねじれ」状態があり、審議の入り口にすら立てなかった苦渋の決断があったことを明かしたのです。

💡 POINT:選挙の争点化へ

2026年2月8日の投開票に向け、国旗損壊罪はかつての見送り案件から、日本の形を問う選挙の争点の一つへと進化しつつあります。この結果が日本の民主主義の将来を左右します。

つまり、政府は中途半端な形で審議未了を繰り返すよりも、今回の総選挙で国民の信を問い、安定した政治基盤を得ることで一気に法案を成立させる戦略に切り替えたといえます。

高市首相は演説の中で「日本の名誉と尊厳を守る法律を、国民の皆さんの力で必ず実現させてほしい」と強く訴え、この法案を自民党の最重要公約の一つとして改めて位置づけました。

選挙を前に「寝た子を起こす」リスクを承知で正面から訴える姿勢は、支持層を熱狂させる一方で、反対派からは「表現の自由を選挙の争点にして権力を強化しようとしている」との批判がさらに強まっています。

今回の解散を巡る情勢については、こちらの記事「解散総選挙の仕組み|歴史的ドラマと2026年高市政権の野望」で詳しくまとめています。

*22 通常国会:毎年1月に召集され、翌年度予算案や重要法案を審議する国会。会期は150日間だが、政治情勢により延長や、衆議院解散によって中断されることもある重要な立法舞台。
*23 解散総選挙:衆議院を解散し、全議席を対象に行う選挙。政権への信を問い、国民の審判を受ける政治上最大のイベントであり、その結果が国の政策の方向性を決定づけることになる。
*24 第一声:選挙の公示日に、各党の党首や候補者が最初に行う演説のこと。その選挙戦で最も訴えたい中心的な公約やメッセージが込められており、選挙の争点を象徴する重要な場面である。

よくある質問(FAQ)

Q国旗損壊罪が新設されると、具体的に何が「犯罪」になりますか?
ANSWER「日本国を侮辱する目的」で、日の丸を切り裂いたり、燃やしたり、泥で汚したりする行為が処罰の対象となります。現行法では、その旗が「自分のものであれば罪にならない」のが原則ですが、新法では自分の持ち物であっても、公の場で損壊すれば処罰される可能性が極めて高く、これが私有財産権の観点からも議論を呼んでいます。
Q刑法92条(外国国章損壊罪)との「不均衡」は、なぜ放置されているのですか?
ANSWER「不均衡」に見えるのは、法律の目的が全く違うからです。刑法92条は「諸外国との外交トラブルを未然に防ぎ、日本の平和を守るため」の外交的な法律です。一方、自国旗の規制は「自国民の思想や表現を縛る」ことになり、憲法が保障する表現の自由と真っ向から衝突するため、慎重な議論が続けられてきました。
Q2026年2月8日の衆議院総選挙の結果は、法案にどう影響しますか?
ANSWER高市首相は2026年1月27日の公示日演説で、法案成立を最優先公約の一つに掲げました。与党が過半数を大きく超えて勝利すれば、選挙直後の特別国会、あるいは次回の通常国会で法案が再提出され、スピード成立する可能性が高いです。逆に議席を減らせば、公明党や野党との調整が難航し、再び見送られる公算が大きくなります。
Q「侮辱目的」かどうかの判断は、客観的に可能なのでしょうか?
ANSWERここが最大の懸念点です。例えば、戦争反対を訴えるために「血に染まった国旗」を描いた場合、それが「平和への祈り」なのか「国家への侮辱」なのか、判断は主観に左右されます。警察や検察という「時の政権に近い機関」がこの目的を判断することになれば、政権批判を抑え込むための別件逮捕に利用されるリスクがあると法曹界は警告しています。
Qアメリカの「国旗焼却も自由」という考え方は、日本にも当てはまりますか?
ANSWERアメリカ最高裁は、国旗焼却を「象徴的言論」として憲法で保護しています。日本でも憲法21条(表現の自由)の解釈として同様の議論がありますが、日本には戦前・戦中の「国旗を統合の道具とした歴史」があるため、アメリカ以上に「国家による敬意の強制」に対して過敏にならざるを得ない歴史的文脈が存在します。
QSNSでAIが生成した「損壊画像」を投稿した場合も処罰されますか?
ANSWER物理的な損壊を伴わない「画像データ」が新法の対象になるかどうかは、法案の詳細な条文設計によります。しかし、推進派はSNSでの拡散による「国家的威信の失墜」を重く見ており、電磁的記録としての汚損や拡散そのものを処罰対象に含めるべきだという議論も一部で行われています。
Q映画や芸術作品の中で国旗を傷つけるシーンはどうなりますか?
ANSWER「正当な業務(表現活動)」であれば罪にならないという規定が設けられるのが一般的ですが、それでも「侮辱目的ではないこと」を証明するために取り調べを受けたり、上映自粛を迫られたりする「萎縮効果」は避けられないと、多くの表現者が反対の声を上げています。

【総括】国旗損壊罪になぜ反対するのか

刑罰による強制か寛容による成熟かという国家のあり方を総括するまとめスライド

この議論の終着点は、単なる法律の是非ではなく、私たちがそれぞれ抱いている「国家とは何か」というイメージの根源的な対立にありました。

💡 POINT:自由こそが国家の誇り

反対論の真髄は「寛容さ」の防衛にあり

国家の威信を刑罰で強制するのではなく、たとえ不快な表現であっても排除しない自由な言論空間を維持すること。その「寛容さ」こそが民主主義国家としての真の強さであり、誇りであるという信念が、反対の声の核となっています。

反対派が警戒する具体的な法的・社会的なリスクを整理すると、以下の3点に集約されます。

  • 思想・良心の自由:敬意を法で強いることは、内心の自由(憲法19条)を脅かす「価値観の押し付け」となりかねない。
  • 表現の萎縮:「侮辱」の定義が曖昧なため、政治的な風刺や芸術活動が捜査の対象になることを恐れ、社会全体から批判の精神が失われるおそれ。
  • 恣意的な運用:時の政権に批判的な活動を抑え込むための「別件逮捕」の道具として悪用される懸念。

高市首相が訴える「国家的威信の回復」も、反対派が守ろうとする「個人の尊厳」も、どちらもこの国の未来を想うがゆえの主張であることは間違いありません。

私たちが問われているのは「目の前の旗をどう扱うか」という技術論ではなく、「不快な声すらも包摂できる自由な日本社会を維持し続けられるか」という、民主主義の質そのものなのかもしれません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

本記事は2026年1月現在の政治情勢および公開された法理に基づき作成されています。国旗損壊罪の新設は、2026年2月8日の衆議院議員総選挙の結果により、法案の成否や具体的な条文設計が大きく変動する可能性がある点にご留意ください。個別の事案における法的判断や解釈については、必ず法務省等の公的機関が発信する最新情報を確認し、弁護士等の専門家にご相談ください。

CONCLUSION
■ 本記事のまとめ
物理的損壊は現行法でも器物損壊等で処罰される
反対論の核心は表現の自由と内心の自由の防衛にある
刑法92条は外交用であり自国旗規制とは目的が違う
侮辱目的の定義は曖昧で恣意的な運用の恐れがある
アメリカでは国旗焼却も憲法上の表現として保護される
2026年総選挙の結果が法案の行方を大きく左右する
不快な表現を許容できるかが問われている

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