2026年1月、大阪の政治が再び大きく動き出しましたね。
吉村知事と横山市長が辞職し、出直し選挙に打って出るというニュースを見て、驚いた方も多いのではないでしょうか。
そこで改めて注目されているのが、過去2回にわたる住民投票の結果です。あれほどの勢いがあった大阪都構想がなぜ負けたのか、その理由を正しく理解することは、これからの大阪、ひいては日本の地方自治の形を考える上でとても大切だと私は感じています。
この記事では、制度のメリットやデメリット、反対派が主張した反対理由、転換点となった公明党の動きなどをわかりやすく整理しました。
大阪都構想がなぜ負けたのかその背景と制度の仕組み
まずは、大阪都構想という制度がどのような目的で生まれ、どのような歴史を辿ってきたのか、その基本的な部分から確認していきましょう。
大阪都構想とは何か:政令指定都市の仕組みと基本情報

大阪都構想を紐解く上で、まず私たちが知っておかなければならないのは、現在の大阪市が持っている「政令指定都市」という特別な権限についてです。
政令指定都市とは、人口50万人以上の都市の中から指定されるもので、大阪市はこれによって、普通の市町村とは比較にならないほどの強力な権限を有してきました。
具体的には、都市計画、道路建設、教育、福祉といった広範な分野で、本来なら大阪府がやるべき仕事の一部を自分たちで行うことができるのです。
しかし、この強力な仕組みこそが、議論の的となった「二重行政」の温床でもありました。
大阪都構想の本質は、この複雑に絡み合った権限を一度リセットし、「広域的な事務(成長戦略や大きなインフラ)」を大阪府(後の大阪都)に集約し、一方で「身近な住民サービス」を新設される「特別区」へ委譲することにあります。
この「特別区」は、東京23区をモデルにしており、区長や区議会を住民の直接選挙で選ぶことで、より地域に密着した政治を行うことが期待されていました。行政のスリム化と住民自治*1の強化を同時に目指すという、非常に野心的なプランだったのです。
ここで重要なのは、この構想が「大都市地域特別区設置法*2」という法律に基づいた厳格な手続きを必要とすることです。
単に政治家が「明日から都にします」と言って決まるものではなく、法案の作成から議会の承認、それから最終的には住民自身が直接投票する「住民投票」で過半数の賛成を得なければならないという、非常に高いハードルが設定されています。
この「住民の手で決める」というプロセスが、過去2回にわたる激しい政治戦を生むことになったのです。私たちは、行政の効率化という理屈だけでなく、この「自分たちの町の形を自分たちで決める」という民主主義の重みを、改めて理解しておく必要があるのではないでしょうか。
(出典:e-Gov法令検索『大都市地域における特別区の設置に関する法律』)
あわせて、こちらの記事「議員定数削減とは?わかりやすく背景や一票の格差との関係を解説」も読むと、統治機構の改革における議会の役割や背景がより立体的に理解できます。
*2 大都市地域特別区設置法:政令指定都市を廃止し特別区を置く手続きを定めた法律。実施には関係自治体の議会承認と住民投票での過半数の賛成が必要となる。
二重行政解消と府市あわせの歴史から見る都構想の原点

そもそも、なぜここまでして制度を変える必要があったのでしょうか。その答えは、大阪が長年苦しんできた「府市あわせ(不幸せ)」と呼ばれる、大阪府と大阪市の深刻な対立の歴史にあります。
大阪という狭いエリアの中に、ほぼ同格の権限を持つ「知事」と「市長」という二人のリーダーが存在することで、長年にわたって「縄張り争い」や「無駄な投資」が繰り返されてきました。かつての大阪は、府と市が全く別の方向を向いて競い合っていた、と言っても過言ではありません。
その象徴とも言えるのが、1990年代のバブル経済期に進められた臨海部の開発プロジェクトです。大阪府が「りんくうゲートタワービル」を建てれば、大阪市は対抗するように「WTCコスモタワー」を建設し、どちらも多額の負債を抱えて経営危機に陥りました。
水道事業や消防、病院、大学、体育館、果ては図書館に至るまで、「府立」と「市立」が似たような施設を同じエリアに乱立させていた事実は、今の若い世代には信じられないかもしれません。
このような重複を解消し、税金をより効率的に使うために立ち上がったのが、橋下徹元知事率いる「大阪維新の会*3」でした。
彼らが主張したのは、「大阪に司令塔は二人もいらない」という極めてシンプルなロジックです。
二重行政の無駄を徹底的に排除し、浮いた予算を将来の成長投資や住民サービスに回すというビジョンは、当時の停滞していた大阪に大きな希望を与えました。
橋下氏が知事から市長へと転身した異例のダブル選挙も、この「制度を変える」という不退転の決意の表れだったと言えます。
都構想は、単なる行政改革案ではなく、大阪が抱えてきた「構造的な病」を治すための、歴史的必然性を持った手術のようなものだったのです。
ただし、その手術に伴う痛みをどう説明するかが、後の勝敗を分ける大きな要因となっていきました。過去の失敗例を教訓に、制度の安定性を求める声も根強かったのです。
2015年と2020年の住民投票結果から見る否決の推移

大阪都構想が、なぜこれほどの注目を集め続け、それから最終的に否決されたのか。その経緯を語る上で欠かせないのが、過去2回にわたる歴史的な住民投票*4の結果です。
第1回は2015年5月17日に行われ、投票率はなんと66.83%という非常に高い数値を記録しました。街中が選挙一色となり、有権者の関心が極限まで高まった結果、賛成が約69.4万票、反対が約70.5万票と、その差はわずか1万741票。
得票率で見ると1ポイントにも満たない僅差で否決されたのです。この時、私は「あと少しで歴史が変わっていたのかもしれない」という緊張感を肌で感じました。
それから5年後の2020年11月1日、コロナ禍という異例の事態の中で第2回の住民投票が実施されました。吉村洋文知事への期待が高まる中での投票でしたが、結果は賛成が約67.5万票、反対が約69.2万票。今度は差が約1.7万票に広がっての再否決となりました。
ここで注目すべきは、得票数自体が前回よりも減少している点です。投票率も4ポイントほど低下し、有権者の中に「また同じ議論か」という疲弊感が漂っていたことも否定できません。
また、2回目では公明党が賛成に転じましたが、それでも反対票を上回ることができなかった事実は、政治界に大きな衝撃を与えました。
| 回数 | 実施年月 | 賛成票 | 反対票 | 投票率 |
|---|---|---|---|---|
| 第1回 | 2015年5月 | 694,844票 | 705,584票 | 66.83% |
| 第2回 | 2020年11月 | 675,829票 | 692,996票 | 62.35% |
この2回の推移を見て私が特に興味深いと感じたのは、「維新という政党への支持」と「都構想という政策への賛否」が完全に切り離されていた点です。
知事選や市長選では維新が圧勝しているにもかかわらず、こと住民投票になると反対が上回る。これは、大阪市民が「今のリーダーは信頼するが、制度を永遠に変えてしまうことには慎重でありたい」という、極めて高度で「是々非々」な判断を下した結果だと言えるのではないでしょうか。
この投票行動の背景には、市民の深い洞察がありました。
(出典:大阪市選挙管理委員会『大都市地域における特別区の設置に関する法律に基づく住民投票投開票結果』)
デメリットへの不安を払拭できなかった反対理由の分析

大阪都構想がなぜ負けたのか。その最大の理由は、反対派が掲げた「具体的で身近なリスク」に対して、推進派が十分な安心感を与えられなかったことに集約されます。
推進派は「大阪の成長」や「二重行政の解消」といった、スケールの大きな、しかしどこか抽象的な将来のメリットを語り続けました。
これに対して反対派は、私たちの生活に密着した視点で、「本当に大丈夫なの?」という疑念を突きつけたのです。将来の経済効果よりも、今現在の安定が重視された形となりました。
特に強力だった反対理由は、「住民サービスの質が低下する」という懸念でした。
大阪市を4つの特別区に分割し、それぞれに区役所やインフラを整備するには、巨額の「初期コスト(イニシャルコスト)」がかかります。
反対派は「そのコストを補うために、今ある福祉や教育の予算が削られるのではないか」「特別区は財政基盤が弱くなり、今の市民サービスが維持できなくなる」と訴えました。
また、「住所変更の手続きが面倒」「区の名前が変わるとアイデンティティが失われる」といった、感情的かつ実務的な不安も大きな要因となりました。特に子育て世代や生活困窮層にとって、サービスの変更は極めて大きな懸念事項でした。
さらに、情報の信憑性を巡る争いも激化しました。
「財政シミュレーション*5が甘い」「大阪市の貯金が府に吸い取られる」といった言説が飛び交い、どれが真実なのか判断しづらい状況が生まれました。
人間には、不確実な「得」を求めるよりも、目の前にある「損」を全力で避けようとする心理があります。
反対派はこの心理を的な突き、「今のままでもそんなに困っていないのに、なぜリスクを冒してまで変える必要があるのか?」という問いを、迷っている有権者の心に深く刻み込んだのです。
この「現状維持の壁」を突き崩すだけの決定的なメリットを、生活実感レベルで提示しきれなかったことが、敗因の核心にあると私は分析しています。
高齢者層の反対が目立ったシルバーデモクラシーの影響

住民投票の結果を世代別に詳しく見ていくと、驚くほど明確な「世代間断絶」が浮かび上がってきます。
出口調査の結果などを分析すると、20代から50代の現役世代では、どの年代でも賛成が反対を上回っていたのに対し、70代以上の高齢者層では反対が圧倒的多数を占めていました。
これは、日本の選挙が抱える「シルバーデモクラシー*6(高齢者の声が政治を動かす構造)」の影響を色濃く反映した結果と言えます。
若い世代が望む変革よりも、高齢世代が望む安定が票数で勝ったのです。
世代間の対立軸と投票行動
- 現役世代: 将来の経済成長、二重行政の無駄解消、新しい仕組みへの期待から「賛成」へ。
- 高齢層: 現状の福祉サービス維持、住所変更への負担、愛着ある「大阪市」の存続から「反対」へ。
このような世代間の分断については、こちらの記事「議員定数削減とは?わかりやすく背景や一票の格差との関係を解説」でも、どのようにして民意を政治に反映させるべきかという観点で触れています。
大阪市廃止という言葉が有権者に与えた心理的ハードル

私が都構想の敗因を考える上で、非常に大きな役割を果たしたと感じるのが、たった一言の「言葉の力」です。
それは「大阪市の廃止」というフレーズです。
住民投票を実施する際、法律の規定により、投票用紙には必ず「大阪市を廃止し、特別区を設置すること」という趣旨が明記されなければなりませんでした。
これが推進派にとっては、致命的な「ネガティブ・フレーミング*7」となってしまったのです。行政上の手続きとしての言葉が、感情的な拒絶反応を引き起こすことになりました。
「大阪都構想」という言葉は、未来への希望や進化を感じさせますが、「大阪市廃止」という言葉は、破壊や喪失、そして終わりのイメージを強く想起させます。
130年以上の歴史を持ち、政令指定都市として誇りを持ってきた市民にとって、「あなたの住む街(大阪市)を廃止します」と言われて、素直に「はい」と言える人は決して多くありません。
反対派はこの「廃止」という言葉を徹底的に使い、「大阪市をバラバラにする」「大阪市を潰す」という強いメッセージを発信し続けました。
これにより、論理的な行政改革の話が、いつの間にか「郷土愛を守るかどうか」という感情論へとすり替わっていったのです。言葉の定義そのものが争点化しました。
この「廃止」という言葉から受ける心理的ストレスは、特に地元愛が強い地域や、古くから大阪に住んでいる方々にとって、計り知れないものだったでしょう。
一度失ったものは二度と元には戻せない、という「不可逆性」への不安が、投票用紙のその一文字によって増幅されたのです。
もし法律上の文言が「大阪都への発展」や「行政組織の再編」といった中立的なもの、あるいはポジティブなものであったなら、結果はわずか1万票程度の差でしたから、容易にひっくり返っていた可能性すらあると私は考えています。
言葉が持つ魔力が、歴史の分岐点において決定的な役割を果たした稀有な例と言えるでしょう。
公明党の賛成転換が支持層の投票行動に与えた影響
大阪の政治を語る上で、公明党の動向は常にキャスティングボート*8を握る重要な要素です。
2015年の第1回住民投票では、自民党や共産党と歩調を合わせ、都構想に「反対」の立場を明確にしていました。この時は、公明党の強固な組織票が反対票の底上げに大きく貢献し、否決の原動力となりました。
しかし、2020年の第2回投票では、その立場を「賛成」へと180度転換したのです。この方針転換は、維新との全面対決を避けるという党利党略的な側面もありましたが、結果として都構想の運命を左右することになりました。
推進派の維新にとっては、公明党が賛成に回れば、勝利は確実だと思われていました。しかし、現実はそう甘くはありませんでした。党中央が「賛成」を決めても、末端の支持層(学会員)の中には、前回の投票から続く「維新への不信感」や、都構想そのものへの根強い不安が消えずに残っていたのです。
出口調査によれば、公明党支持層の票は「賛成」と「反対」で見事に割れ、当初期待されていたほどの「上積み」にはなりませんでした。
組織のトップが決断しても、個人の心情まではコントロールできないという、民主主義の原点を見せつけられた瞬間でもありました。個々の有権者が抱く不安は、組織の号令よりも重かったのです。
また、公明党が賛成に回ったことで、逆に「維新と公明の密約だ」といった批判や、野党共闘を支持する層の反発を招く結果にもなりました。
結局、公明党の賛成転換は、推進派にとっては「決定的な勝利への一手」にならず、むしろ支持層の混乱を招き、反対派の結束を強める副次的な効果を生んでしまった面があります。
2026年の第3次挑戦においても、公明党がどのようなスタンスを取るのか、そしてその支持者が実際にどう動くのかは、最大の注目ポイントの一つです。
過去の教訓を活かし、組織票という「数」だけでなく、個人の「納得」をどう得るかが問われています。誠実な対話のプロセスが、組織運営においても不可欠であることを示しています。
大阪都構想はなぜ負けたのか敗因の深掘りと再挑戦の展望
ここからは、表面的な数字だけでは見えてこない、より深い敗因の分析と、2026年に向けた最新の動きについてお伝えします。過去の失敗が、次の戦略にどう活かされているのかが注目されます。
メリットの不可視性と現状維持バイアスによる損失回避

なぜこれほどまでに住民投票は難しかったのでしょうか。その本質的な理由は、人間心理の奥深くに眠る「プロスペクト理論*9」、特に「損失回避」という性質で説明がつきます。
行動経済学において、人間は「10万円もらえる喜び」よりも「10万円失う苦痛」を2倍近く大きく感じると言われています。
大阪都構想という巨大な変革において、この心理メカニズムがフル稼働してしまったのです。新しいチャンスを掴むよりも、今あるものを失わないことを選ぶ傾向が強く現れました。現状を維持することは、未知の改革よりも低リスクに感じられてしまうのです。
推進派がアピールしたメリット(二重行政の解消による数十年の成長、副首都としての地位確立)は、どれも将来的な話であり、その効果を今すぐ実感することはできません。いわば「不確実なプラス」です。
対して反対派が主張したデメリット(コスト増、住所変更の手間、大阪市の廃止)は、すべて今すぐに起こる具体的な、いわば「確実なマイナス」として有権者の目に映りました。
この「不確実な未来の利益」と「確実な現在の損失」を天秤にかけたとき、多くの人が反射的に「今のままでも死ぬほど困っているわけではないのだから、リスクを冒すのはやめよう」と判断してしまうのは、生物としての生存本能に近い反応だと言えます。現状維持こそが最も安全な道だと感じてしまったのです。
この「現状維持バイアス」を打ち破るには、将来の利益をよほど魅力的に、そして具体的に「手触り感」のある形で提示し、かつ現在の不安を「絶対に大丈夫だ」という100%の安心感で包み込む必要がありました。
しかし、維新のロジックは常に合理的・効率的すぎたのかもしれません。私たちの心の中にある「よくわからないものへの恐怖」を優しく解きほぐすプロセスが、数字や理論の陰に隠れてしまっていたのです。
この心理的な溝を埋められなかったことが、科学的な理論では勝っていても、感情の住民投票で負けてしまった最大の要因だと私は考えています。
デジタル空間での情報戦やSEOにおける反対派の優位

2020年の第2回投票において、勝敗を分けたもう一つの隠れた要因は「情報の非対称性」とデジタル空間での戦い方でした。
維新はSNS、特にTwitter(現X)などでの発信力には圧倒的な強みを持っていました。しかし、いざ有権者が「都構想について詳しく知りたい」と思ってGoogleなどで検索をした際、その受け皿となった情報の性質に問題があったのです。
情報の速さよりも、情報の正確さと納得感が重視される場面で、弱点が露呈しました。ネット上の膨大な情報の中から、自分に都合の良いものだけを選んでしまう「確証バイアス*10」の影響も無視できません。
当時の検索意図を分析すると、「大阪都構想」というメインキーワードに加え、「デメリット」「反対理由」「わかりやすく」といった組み合わせで検索するユーザーが激増していました。
人は不安を感じたとき、その不安を裏付ける情報を探そうとする心理が働きます。
その検索結果において、上位を占めたのは維新の公式サイトではなく、反対派の学者やブロガーによる、デメリットを細かく分析した「納得感のある」解説記事でした。
SEO(検索エンジン最適化)という観点で見れば、推進派の「期待を煽るポジティブな情報」よりも、反対派の「リスクを暴くネガティブな情報」の方が、ユーザーのクリック率や読了時間が高く、結果として検索順位が上がりやすかったのです。
検索アルゴリズムが、不安を解消しようとするユーザーの心理に味方した形です。
ウェブ上の情報伝達の誤算
維新が得意としたのは、大勢の聴衆に向けた「空中戦(演説やSNS)」でした。しかし、住民投票のような複雑なテーマでは、有権者は一対一で情報をじっくり読み込む「地上戦(ウェブ検索)」を重視します。このデジタル上の地上戦において、反対派が提供する「詳細な不安材料」が検索結果の大部分を占めてしまったことが、特に浮動層や無党派層の投票行動を「反対」や「棄権」へと傾かせる決定打となった可能性があります。
情報の速さでは勝っていても、情報の「深さ」と「検索アルゴリズムへの適合」において、反対派の論理がデジタル空間を制圧していた事実は、今後の選挙戦略を考える上でも極めて重要な教訓となります。
単に声を大きくするだけでなく、相手の疑問にどこまで深く寄り添えるかが、デジタル時代における合意形成の鍵となるのです。私たちは今、溢れる情報の中から真実を見極める力を試されています。
2026年の第3次挑戦と吉村知事が掲げる副首都構想

二度の否決を経験し、一度は「政治家としての責任を取る」とまで言われた都構想ですが、2026年1月現在、事態は驚くべき局面を迎えています。
吉村知事と横山市長が辞職し、三度目の民意を問う「出直し選挙」に打って出た背景には、これまでの都構想を単なる行政改革の枠を超えた、国家戦略としての「副首都化」へのナラティブ転換があります。
地域レベルの効率化から、国家レベルの安全保障へと議論のスケールを拡大させたのです。東京が機能不全に陥った際のスペアとしての役割は、現代日本において極めて重要な論点です。
今回の「第3次挑戦」で語られているのは、もはや「二重行政の無駄」という小さな話ではありません。
東京一極集中が極限に達し、巨大地震や災害リスクが現実味を帯びる中で、日本という国全体の持続可能性を守るために、大阪を法的に「副首都」として確立しなければならない、という壮大なビジョンです。
そのためには、大阪市という権限が分散した状態ではなく、強力な意思決定ができる「都」の体制が必要である、というロジックです。
つまり、反対派の「大阪市を残したい」というローカルな郷土愛に対し、「国全体を守るために大阪が変わらなければならない」というより大きな大義名分(ナラティブ)を対置させようとしているのです。
これにより、反対すること自体が「国家の危機を放置すること」のように聞こえる仕掛けになっています。
(出典:大阪府『副首都・大阪の確立に向けて』)
この戦略が功を奏するかは、2025年に開催された大阪・関西万博の評価とも密接に関わっています。
万博を通じて大阪のポテンシャルが再認識された今、その勢いを制度改革に繋げられるか。あるいは「また選挙か」という有権者の拒絶反応を招くのか。
吉村知事はこの選挙を「住民投票の再実施に向けた信任投票」と位置づけていますが、これは極めてリスクの高い「政治的な賭け」です。
もしここで維新が負けるようなことがあれば、都構想という火種は今度こそ完全に消えることになるでしょう。この「3度目の幕開け」が、大阪の未来にとって真に必要なステップなのかを、かつてないほど真剣に問い直されています。
一政治家の人気投票で終わらせてはならないのです。
住民サービス低下への懸念とコスト議論に関する今後の課題

第3次挑戦において、有権者が最も厳しくチェックするのは、やはり「生活への影響」です。
過去2回の敗戦から学んだ維新は、今回の新制度案において、これまで批判の的となっていた「コスト」と「サービス」の問題を克服しようと躍起になっています。
具体的には、DX*11を最大限に活用することで、特別区設置に伴う初期コストを大幅に削減し、事務作業の効率化によって「サービスを維持するどころか、向上させる」という新しいシミュレーションを提示しようとしています。
しかし、かつてのシミュレーションへの不信感を拭い去るには、相当の透明性が求められます。最新の技術をどう行政に落とし込むかが、市民の信頼を取り戻すための急務となっています。
しかし、課題は依然として山積みです。例えば、特別区の間で生じる「財政格差」をどう調整するのか。税収の多い区と少ない区で、住民の受けられるサービスに差が出るのではないか、という懸念は今も根強く残っています。
これに対しては、大阪府(都)による「調整交付金」の仕組みをさらに透明化し、「どの区に住んでいても同水準、あるいはそれ以上のサービスが受けられる」ことを、法律や条例でいかに強力に保証できるかが鍵となります。
また、万博後の財政状況を踏まえた上で、本当に新制度への移行コストを捻出できるのか、という現実的な検証も避けては通れません。財政のバランスをどう取るかが、今後の議論の焦点となります。
私たち有権者に求められているのは、政治家の威勢の良い言葉だけでなく、その裏側にある「数字の根拠」や「法的裏付け」を自分たちの目で確かめることです。
行政が提示するデータはあくまで予測であり、確定した未来ではありません。「正確な情報は公式サイトや公的な検証資料を必ず確認する」というリテラシーを持ち、納得がいくまで疑問をぶつけていく。そのプロセスこそが、過去2回の住民投票を経て私たちが得た、最も重要な教訓ではないでしょうか。
民主主義は、私たちの不断の努力によって支えられているのです。情報の裏側を読む力こそが、私たちの未来を決めます。
よくある質問(FAQ)
万博後の大阪と大阪都構想がなぜ負けたかのまとめ
ここまで大阪都構想がなぜ負けたのかを、歴史、心理、そして最新の政治情勢から振り返ってきました。この壮大な挑戦の足跡を辿ると、一つの大きな結論が見えてきます。
それは、都構想という議論が、単なる「行政の効率化」という理屈の争いではなく、「私たちはどんな未来を選び、そのために何を失う覚悟があるか」という、極めて根源的な問いを私たちに突きつけてきたということです。
敗因のまとめとして、以下のポイントを心に留めておいてください。
大阪都構想の敗因と教訓の総括
- 心理的な壁: 「大阪市廃止」という言葉が、住民の郷土愛と喪失への恐怖を刺激したこと。
- 利益とリスクの非対称性: 将来の大きなメリットよりも、目先の小さなデメリットを避ける心理(損失回避)を克服できなかったこと。
- 世代間の合意形成: 変化を望む若年層と、平穏を望む高齢層の間の溝を埋める具体的な安心材料が不足していたこと。
- 情報戦の質の変化: 感情に訴える空中戦では勝っても、個人の不安を解消する「深い論理」の提供(デジタル地上戦)で一歩及ばなかったこと。
2026年1月の今、大阪は再び分岐点に立っています。
万博を終え、次なる成長エンジンをどこに求めるのか。それは「都」という新しい器なのか、それとも現在の「市」を活かした別の形なのか。
過去2回の「ノー」という民意は、決して改革そのものを拒絶したのではなく、「もっと納得できる説明と、もっと安心できるビジョンを」という、市民からの切実な宿題だったと私は受け止めています。
この宿題にどう答えるかが、今回の出直し選挙の真の争点となるでしょう。
推進派も反対派も、それそして私たち有権者も、互いの主張を「自分とは違う意見」として切り捨てるのではなく、その背景にある不安や希望を深く理解し合う努力が必要ではないでしょうか。
大阪が再び輝くための道は一つではありません。この記事が、あなたが自分なりの「答え」を見つけるための一助となれば幸いです。
本レポートは2026年1月現在の公開情報に基づき作成されたものであり、大阪都構想の再挑戦に関する政治情勢や制度案の詳細は、今後の議会審議や法的手続きにより変更される不確実性を伴います。住民投票の実施可否や将来の予測についてその正確性を保証するものではありません。政治的判断や投票行動に際しては、自治体等の公的機関が発表する最新の一次情報を必ずご確認ください。

