選択的夫婦別姓に関する議論の中で、選択的夫婦別姓が実現すると中国が喜ぶといった、一見すると結びつきが分かりにくい意見を目にすることがあります。
この記事では、なぜそのような声が上がるのか、歴史や現状の課題、経済界の動きなどを整理しながら、特定の立場に偏ることなく一緒に考えてみたいと思います。
- Point国防や安全保障の問題として語られる背景
- Point日本の戸籍制度と夫婦同姓の歴史的な経緯
- Point経済界や国際社会が求める制度改正の必要性
- Point司法や政治の場での議論と課題
- 制度改正と安全保障の関連性に疑問を持つ方
- 戸籍制度や夫婦同姓の歴史的背景を知りたい方
- 経済界や司法が制度改正を求める理由を学びたい方
選択的夫婦別姓で中国が喜ぶと言われる背景と論点
なぜ選択的夫婦別姓という身近な家庭内の法律の問題が、中国という隣国の存在や日本の安全保障という大きな枠組みにまで結びつけて語られるのか。
その論理の組み立てや背景にある価値観について深く掘り下げていきます。
選択的夫婦別姓制度の定義と現状の婚姻制度の仕組み

まず、私たちが今暮らしている日本の婚姻ルールの基本をおさらいしましょう。
現在の民法第750条*1は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めています。
一見すると「どちらの名字でも選べる平等なルール」に見えますが、実際には結婚する夫婦の約95%が夫の名字を選んでおり、圧倒的に女性側が名字を変える負担を負っているのが現実です。
これを「夫婦同姓義務」と呼び、法律で結婚に際して同姓を強制しているのは、先進国の中では日本だけだという指摘があります。(出典:法務省『選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について』)
これに対して「選択的夫婦別姓」とは、結婚後も自分の名字をそのまま使い続けたいと願う人が、法的に別姓を選べるようにする制度です。
ここで誤解されがちなのが、「全ての夫婦がバラバラの名字にしなければならない」という強制的なものではないという点です。
名字を変えることでキャリアがリセットされたり、アイデンティティが喪失したりといった不利益を解消したいという声が原動力となっています。
明治から現代までの戸籍制度と夫婦同姓の歴史的変遷

「夫婦が同じ名字なのは日本の古き良き伝統だ」という主張がありますが、実は歴史を丁寧に紐解くと、現在の形はそれほど「古い」ものではないことが分かります。
江戸時代まで庶民には名字がなく、夫婦同姓・別姓という概念自体が存在しませんでした。名字が国民全員の義務となったのは明治8年ですが、明治9年の時点では政府は「妻は実家の名字(所生ノ氏)を名乗るべき」という判断を下していました。
現在のような義務化は明治31年の旧民法*2制定時であり、当時の「家制度*3」を法的に支え妻が夫の「家」に入る象徴として導入されたのです。
戦後、憲法24条*4に基づき両性の本質的平等が謳われ「家制度」は廃止されましたが、名字のルールだけは例外的に残ったまま今日に至っています。
法的な同姓義務の歴史は120年余りであり、この背景を知ることで「守るべき伝統とは何か」という問いが、合理的な議論へと進化するきっかけになると考えています。
*3 家制度:戸主と家族を一単位として「家」に属させる近代日本の家族制度。家系の継続を重んじ、名字の継承が家の永続性と社会的信用を保持するための鍵となっていた。
*4 憲法24条:婚姻の自由と両性の平等を保障する日本国憲法の規定。家制度を廃止し、個人の尊厳に基づいた家族形成を可能にするための法的な根拠である。
高市早苗氏が懸念する家族の絆と国家の安全保障
政治の世界でこの問題に最も慎重な姿勢を示している一人が、高市早苗氏です。
高市氏やそれに賛同する保守派の方々が懸念しているのは、名字という「形」が崩れることで、目に見えない「家族の絆」という土台が崩壊してしまうことです。
彼らの論理では、家族は国家を支える最小の公的な細胞(単位)です。名字を一つにすることで家族の一体感が育まれ、それが守るべき「国体*5」への忠誠心へと繋がっていくという世界観を持っています。
名字がバラバラになり家族の絆が弱まれば社会全体の結束力は低下し、外からの工作や覇権主義*6的な影響を受けやすくなるという危惧です。
その文脈で、日本の弱体化を狙う勢力、具体的には中国のような国家にとって、日本の伝統的家族観が壊れることは長期的な視点で見て「利」があるという解釈がなされます。
つまり、選択的夫婦別姓を単なる利便性の問題ではなく、「日本の精神的な防衛力の低下」という文脈で捉えているのです。
*6 覇権主義:自国の利益や影響力を他国に対して拡大しようとする政治的態度。安全保障上、国内制度の分断が他国の対外的な介入や工作活動を容易にするリスクを指す。
戸籍の形骸化と日本の伝統的価値観への影響を巡る議論

反対派が守るべきものとして挙げるもう一つの柱が「戸籍制度」です。
日本の戸籍は「夫婦とその未婚の子供」を一単位とする仕組みで、世界でも極めて精緻な身分証明システムです。選択的夫婦別姓を導入すると最終的には「個人単位の登録制」へ移行せざるを得なくなると主張されています。
「個人単位への移行」は、家族というバッファがなくなり、国家が国民一人ひとりを直接管理・監視する社会、あるいは家族の相互扶助が失われた孤独な社会をイメージさせます。
一部ではこの個人管理社会こそが中国のような全体主義*7国家が目指す姿と重なると指摘されます。
戸籍を「独自の誇るべき文化財」と考える人々にとって、その変更は国家としての強みを自ら手放す行為に見えるのです。
反対の理由として語られる社会の安定と子供への影響
多くの一般の方々が最も身近に感じ、不安視するのが子供への影響です。
もし両親の名字が違ったら子供がアイデンティティに混乱をきたすのではないか、周囲から聞かれ寂しい思いをするのではないか、という懸念は根強く存在します。
家族の呼び名が一つであることは、子供に安心感を与え、社会的なルールを学ぶ第一歩であるという教育的・情緒的な価値観が反対意見の根底には流れています。
これに対し推進派は「愛情は変わらない」と主張しますが、慎重派は「形があるからこそ愛情が保たれる」と反論します。
養子縁組*8などで名字が異なる既存のケースも存在しますが、制度として一般的になることへの抵抗感は非常に強いものがあります。
制度改正が日本を弱体化させると主張される論理の構造
制度改正が日本の弱体化に繋がると考える方々の論理構造には、ドミノ倒しのような連鎖反応のイメージがあります。
弱体化論のステップ
- 名字の選択制が導入され、夫婦で名字が異なるのが当たり前になる。
- 「家族は一つ」という意識が希薄になり、個人主義が極端に加速する。
- 家族による支え合いが減り、行政や公的支援への依存度が高まる(国の財政圧迫)。
- 伝統的な戸籍が形骸化し、国家による国民の把握能力や帰属意識が低下する。
- 最終的に、国防や国難に際して「国を守る」という一致団結した精神が失われる。
この論理においては、名字という小さなパーツが、日本という国家の巨大な建築物を支えるキー・ストーン(要の石)であると見なされています。
石を一つ抜けば全体が崩れ去り、他国の介入を許してしまうというのが、弱体化を懸念する人々の真意なのです。
なぜ反対派は中国の影響や危機感を強調するのか
反対派の主張の中に「中国」というワードが頻出する背景には、現在の東アジアにおける地政学*9的な緊張感があります。
社会基盤を支える伝統的な仕組みを変えることが、国家の体力を削り他国に付け入る隙を与えるのではないか、という地政学的な防衛本能が「中国が喜ぶ」というメッセージとなって表れているのです。
家族が同じ名字を名乗ることが、社会全体の連帯感や愛国心、ひいては国を守るための精神的な防衛力に直結しているという考え方が根底にあります。
そのため、名字の選択制導入が社会の最小単位をバラバラにし、個人の孤立化(アトム化)を招くことが警戒されています。
反対派が懸念する「安全保障と家族」の論理構造
- 家族の一体感:名字を一つにすることが、日本社会の団結の源泉である。
- 戸籍の防衛機能:世界に誇る日本の戸籍制度が、国民を正確に把握し、社会の安定を守っている。
- 分断への警戒:価値観の多様化が進みすぎると、国難の際の一致団結が難しくなる。
- 外的要因:社会の結束が緩んだ日本は、覇権主義的な国家にとって介入しやすい対象になる。
一方で推進派は、「多様な生き方を認め、個人の能力を発揮できる社会こそが真の国益にかなう」と考えます。
慎重派が「形」で国を守ろうとするのに対し、推進派は「個の尊重」で国を強くしようとしています。
どちらも「日本をより良い国にしたい」という共通のゴールを持ちながら、そのアプローチが根本から異なっているのです。
選択的夫婦別姓は中国が喜ぶ事態を招くのか事実を確認

ここからは事実関係を検証していきましょう。
世界はどうなっているのか、経済界は何を求めているのか、そして司法の判断はどうなのか、多角的な視点を持つことで問題の本当の姿が見えてきます。
世界の婚姻制度と夫婦別姓を採用する近隣諸国の実態
世界に目を向けると日本がいかに特殊か分かります。
中国そのものを見てみると、実は伝統的に夫婦別姓です。これは名字は父系の血筋を表すという儒教*10的な伝統に基づいています。韓国も同様です。
「別姓=中国の真似」というなら、それはむしろ「東アジアの古くからの伝統」に立ち返ることを意味してしまいます。
日本が明治以降に採用した「同姓」の方が、歴史的には新しい試みだったとも言えるのです。
| 国・地域 | 名字の制度 | 特徴・背景 |
|---|---|---|
| 日本 | 夫婦同姓のみ(義務) | 明治31年の旧民法以来の制度。世界で唯一の義務。 |
| 中国 | 原則別姓 | 数千年の伝統。現在は名前の選択の自由も保障。 |
| 韓国 | 原則別姓 | 血統を重視する伝統。近年は母方の名字を継ぐ選択肢も。 |
| アメリカ | 選択の自由 | 同姓、別姓、結合姓など州法により自由。 |
| ドイツ | 選択の自由 | かつては同姓原則だったが、1990年代に改正。 |
| フランス | 原則別姓 | 本名は一生変わらず、夫の名字は「通称」として使用。 |
通称使用の拡大と現行制度が抱える実務上のメリット・デメリット
制度改正を伴わない解決策として推進されてきたのが「旧姓の通称使用の拡大」です。
住民票や運転免許証への旧姓併記は当たり前となり、2026年現在では多くの銀行で旧姓での口座開設や名義維持がルール化されています。フリーランスや会社員の負担は劇的に改善されました。
| 項目 | 現状の状況(2026年時点) | 残された検討事項 |
|---|---|---|
| 銀行口座 | 主要行を中心に旧姓利用がほぼ定着 | 小規模な金融機関での一部未対応 |
| 身分証明書 | 免許証、マイナンバーカードに併記可能 | あくまで「併記」であり本名は戸籍名 |
| 社内管理 | 多くの企業で旧姓での勤務を容認 | 社会保険等、二重管理の負担 |
| 海外渡航 | パスポートへのカッコ書き併記 | 海外の入国審査官等でのトラブル |
一方で解決が難しいのが国際的な場面での整合性です。
パスポートの旧姓併記は国際標準であるICAOの基準に基づいた「追加情報」に過ぎず、海外のチェックインシステム等はICチップ内の「戸籍名」のみを読み取ります。
一人の人間に二つの名前が存在する複雑さをどう評価するかが新たな議論のフェーズとなっています。
経団連が求める経済合理性と国際競争力維持の重要性

2024年以降、日本最大の経済団体である経団連が、選択的夫婦別姓の早期導入を求める提言を公表したことは大きな衝撃でした。
理由は「人材の確保と国際競争力の維持」です。少子高齢化で労働人口が激減する中、女性の活躍は必須の条件となっています。
企業経営者にとって名字の問題によるキャリア形成の停滞は、国全体の生産性を下げる大きな「コスト」に見えます。
彼らにとって、選択的夫婦別姓はコストをかけずに実施できる「究極の経済対策」なのです。
最高裁判決の合憲判断と国会に委ねられた裁量の行方
最高裁判所大法廷*11は、2015年と2021年の二度にわたり現在の夫婦同姓義務を「合憲」と判断しています。
しかし判決文では一貫して「どのような制度にするかは国民の代表が集まる国会で議論して決めるべき事柄(立法裁量権*12)」であると強調されています。
| 調査の視点 | 主な意見・傾向 | 国民の心理的背景 |
|---|---|---|
| 制度への賛否 | 「選択制なら良い」という声が一定数ある | 他人の自由を妨げたくないという寛容さ |
| 家族の一体感 | 「同じ名字の方が家族らしい」と感じる層も根強い | 伝統的な家族観への愛着と安心感 |
| 子供への影響 | 名字が違うことによる影響を心配する声 | 次世代のアイデンティティへの不安 |
| 制度改正の優先度 | 「慎重に議論すべき」という声が多い | 社会制度を急変させることへの戸惑い |
内閣府などの世論調査を分析すると、世論は「圧倒的に推進」に傾いているというよりは、「重要性は理解できるが社会への影響を慎重に見極めたい」という複雑な均衡状態にあります。
*12 立法裁量権:どのような法律を制定するかについて、国会に認められた判断の自由。憲法違反でない限り、社会の変化に合わせた制度設計を政治責任で行う権限。
工作や陰謀論の真偽を越えた建設的な議論の必要性

SNS等で目にする「中国が喜ぶ」というフレーズを切り捨てるのではなく、なぜ多くの人が危機感を抱くのか、背景にある心理を冷静に見つめ直すことが大切です。
名字という家族共通の記号が失われることで共同体意識が浸食され、国家全体の結束力が弱まることを、慎重派は真剣なリスクマネジメントとして懸念しています。
建設的な議論を進めるためには「レッテル貼り」をやめ、いかにして多様な生き方を認めつつ社会の連帯を維持するかという具体的な設計図の作成に集中すべきです。
特定の国家の思惑に左右されない、自立した強い日本を築くための対話にこそ価値があります。
よくある質問(FAQ)
Q選択的夫婦別姓が導入されたら、家族全員がバラバラの名字にしなければならないのですか?
Q別姓を選んだ場合、子供の名字はどうなるのですか?
Q世界の中で、夫婦同姓を義務付けているのは本当に日本だけなのですか?
Q「中国が喜ぶ」という意見の根底にある、安全保障上のリスクとは具体的に何ですか?
Q現在認められている「旧姓の通称使用(併記)」があれば、法改正は不要ではないですか?
Q事実婚と選択的夫婦別姓は何が違うのですか?
選択的夫婦別姓で中国が喜ぶ?まとめ

これまで選択的夫婦別姓を巡る多角的な論点を整理してきました。
この議論において「中国が喜ぶ」という言葉が象徴しているのは、明治以降に定着した「夫婦同姓」という家族の形や、それを支える「戸籍制度」を日本の伝統的な防壁として守り抜きたいという保守的な強い願いです。
そこには国家の結束力が弱まり安全保障上の隙が生じるのではないかという切実な危惧が込められています。
一方で、キャリアやアイデンティティ保持に困難を感じている方々の声や、経団連が求める「経済合理性」も無視できない重みを持っています。
最高裁判所が合憲としながらも議論を国会に委ねている現状や世論調査を鑑みると、私たちは単なる賛否の二択では測れない非常に繊細な合意形成のプロセスの中にいます。
この記事のまとめ:
- 「中国が喜ぶ」という主張は、伝統的な家族制度や戸籍を「国を守る防具」と捉える安全保障上の危機感の表れである
- 明治以降の同姓義務は歴史としては約120年だが、現代の日本人の意識には「家族の形」として深く根付いている
- 経済界や国際社会からは、多様な人材の活躍を阻む実務的な不利益を解消すべきという強い要請がある
- 司法は「政治の責任で決めるべき」としており、世論もまた「形を守ること」と「自由を認めること」の間で慎重に検討を続けている
特定の国家の思惑を議論の中心に据えるのではなく、私たち日本人がどのような家族の形であれば、次世代に自信を持って手渡せるかを考えることの方が、遥かに重要ではないでしょうか。
名字という「形」を一つにすることで守られる絆がある一方で、名字という「選択肢」を認めることで救われる個人の尊厳も存在します。
あなたは、これからの日本においてどのような家族の在り方が理想的だと思いますか?
- 別姓反対論の背景には家族の絆を国防の砦と見る視点がある
- 日本の夫婦同姓義務は明治31年制定で歴史は約120年である
- 高市氏らは制度改正が国家の結束力を弱めるリスクを懸念する
- 戸籍の維持は日本の伝統的アイデンティティ保持の柱とされる
- 子供への情緒的影響や名字の混乱を不安視する声は根強い
- 中国や韓国は伝統的に別姓であり同姓義務は日本独特の制度だ
- 経団連は人材確保と国際競争力のために早期導入を提言した
- 最高裁は合憲とする一方制度設計は国会の裁量としている

