日々のニュースを追いかけていると、どうしても避けて通れないのが日韓関係のトピックです。
特に、長い年月が経っても解決の糸口が見えない慰安婦問題については、「なぜここまで長引いているの?」「何度も合意したはずでは?」と、複雑な思いを抱いている方も多いのではないでしょうか。
私自身、歴史を学び直す中で、単なる感情論だけでは語れない、法理と感情の深い溝があることを実感しました。
この記事を読み終える頃には、ニュースの断片だけでは見えにくかった、この問題の本質的な構造がすっきりとお伝えできるはずです。
慰安婦問題はなぜ解決しないのか?歴史と法理の相克
この問題は日韓両国の外交において最も「不溶性」の高い課題として君臨しています。
解決へ向けた政治的な合意がなされるたびに、新たな火種が生まれ、再び対立が激化するという循環が30年以上続いてきました。
なぜ一時の「解決」が持続しないのか、その背景にある歴史的・法的な「認識の断絶」について、まずは基本から丁寧に紐解いていきましょう。
慰安婦問題の定義と今日に至る議論の概要

慰安婦問題とは、第二次世界大戦中に旧日本軍の関与の下で設置された「慰安所」において、女性たちが性的奉仕を強いられたとされる問題です。
この問題が本格的に表面化したのは1991年、元慰安婦の金学順氏が公に名乗り出たことがきっかけでした。それ以前は、日韓両国ともに1965年の国交正常化で「終わったこと」として扱われていましたが、個人の被害実態が明らかになるにつれ、単なる外交問題から「普遍的な女性の人権問題」へとその性質を変えていきました。
現在、議論の軸は大きく二つに分かれています。
一つは「国家間の条約*1によって法的責任は消滅した」とする日本側の論理。もう一つは「重大な人権侵害に対する個人の賠償請求権*2は消滅しない」とする被害者・支援団体側の論理です。
2026年時点でも、この「条約の安定性」と「個人の救済」という二つの価値観が正面から衝突しており、国際法学*3の世界でも非常にデリケートな論点として扱われています。この定義の揺らぎこそが、解決を阻む最初の関門となっているのです。
*2 賠償請求権:他者の不法行為によって損害を受けた者が、その賠償を求める権利。慰安婦問題では、国家間の合意によって個人の権利が消滅するかどうかが法的な争点となっている。
*3 国際法学:国家間の関係や国際組織の活動を律する法規範を研究する学問分野。主権国家体制の維持と、近年では個人の人権保護のバランスをどう取るかが重要な研究テーマである。
1930年代から終戦までの慰安所設置と動員

慰安婦制度の起源は、1930年代前半、特に日中戦争が激化する過程にあります。
旧日本軍は、戦地における軍人による民間人への強姦事件を防止し、性病の蔓延を抑えることで軍の戦力を維持することを目的に慰安所を設置しました。
当初は日本人の醜業婦(プロの娼婦)が中心でしたが、戦線の拡大とともに、朝鮮半島や台湾といった当時の植民地*4、さらには占領地からも多数の女性が動員されるようになりました。
ここで議論の焦点となるのが「動員の形態」です。
官憲*5による組織的な「強制連行(拉致)」を示す公的な直接資料については、日本国内で激しい論争がありますが、一方で民間業者による「就業詐欺(看護婦になれる等)」や「甘言(騙し)」、親の借金による身売りといった構造的な強制性が存在したことは、多くの証言から明らかになっています。
当時、10代の少女たちが過酷な戦地に送り出され、生命の危険と隣り合わせの生活を強いられた事実は、人道的観点から見て極めて重い課題を突きつけています。
*5 官憲:警察や軍などの国家権力機関。動員のプロセスにおいて、これらの国家機関がどこまで直接的に強制力を行使したかが、歴史的および法的な責任追及の核心となっている。
1965年日韓請求権協定による法的決着と解釈

日本政府が一貫して維持している法的根拠が、1965年の「日韓請求権協定」です。この協定により、日本は無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力を提供し、両国間の請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」ことが確認されました。
日本側の解釈では、これにより元慰安婦個人の賠償請求権も、韓国政府が代表して受領した資金によって補填されるべきものとなり、日本政府としての直接的な法的責任は消滅したとされています。
対する韓国側では、1990年代の民主化*6以降、この協定の有効性そのものを疑問視する声が強まりました。「独裁政権が国民の同意なく結んだものであり、個人の基本的人権を国家が勝手に放棄させることはできない」とする法理*7です。
特に2000年代以降、韓国の司法(大法院)が「反人道的な犯罪については協定の範囲外」という判断を下したことで、行政府が結んだ約束が国内法によって無効化されるという、国際法上の極めて異例な事態が発生しました。
この「条約重視」か「正義重視」かの相克が、解決を不可能にする最大の構造的要因です。
日本は「約束は守るもの(国際法優先)」と考え、韓国は「正しくない約束は正すべき(正義優先)」と考えます。この哲学の違いが議論を空転させています。
*7 法理:法律の背後にある理論や原理。韓国では「重大な人権侵害に対する個人の権利は国家も奪えない」という法理が、条約の文言よりも優先される傾向が強まっている。
河野談話の発表とアジア女性基金が果たした役割

1993年、宮沢内閣の下で発表された「河野談話」は、慰安婦問題における日本政府の姿勢を大きく転換させた画期的なものでした。この談話で、日本政府は慰安所の設置・管理・移送への軍の関与を認め、「心からのお詫びと反省」を表明しました。
これに基づき、1995年には村山内閣によって「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」が設立されました。これは、法的賠償という形は取れないものの、日本国民の募金を原資とした「償い金」と、歴代首相の謝罪の手紙を被害者に直接届けるという試みでした。
しかし、この基金は韓国国内で激しい反発を招きました。支援団体などは「政府による公的な法的賠償ではない」「国民の募金でお茶を濁そうとしている」と批判し、基金を受け取ろうとする被害者を「裏切り者」として攻撃するような動きさえ見られました。
結果として、韓国での受給者は全体の約3割に留まり、2007年に基金は解散しました。人道的な「誠意」を見せようとした日本側と、あくまで「国家としての不法行為の認定」を求める韓国側の溝は、この時すでに埋めがたいものとなっていました。
日本政府の謝罪と10億円拠出を定めた日韓合意

2015年12月、日韓関係の最悪期を脱しようと、安倍政権と朴槿恵政権の間で「電撃的」な合意がなされました。
日本政府が軍の関与と責任を認め、首相が謝罪を表明。さらに、韓国政府が設立する財団に日本政府が10億円を拠出することで、この問題を「最終的かつ不可逆的」に解決することを確認したのです。
これはオバマ米政権の強い要請もあり、国際的にも高く評価されました。当時の岸田外務大臣(後の首相)が会見でこの言葉を述べたシーンは、多くの人の記憶に残っています。
ところが、この合意も長続きしませんでした。2017年に発足した文在寅政権は、合意のプロセスに「被害者の声が反映されていない」として事実上これを破棄。2018年には日本が拠出した10億円で運営されていた「和解・癒やし財団」を一方的に解散させました。
日本側からすれば「一度結んだ最終的な約束さえ守れないのか」という強烈な不信感を生み、これが現在の「韓国疲れ」や外交の硬直化に直結しています。この合意の挫折は、政府間の握手だけでは解決できないというこの問題の深さを改めて露呈させました。
挺対協や正義記憶連帯など支援団体の政治的影響力

慰安婦問題を語る上で、韓国の有力な支援団体である「正義記憶連帯(旧・挺対協)」の存在を無視することはできません。
1990年に結成されたこの団体は、ソウルの日本大使館前での「水曜デモ」を主催し、世界各地に「少女像」を設置するなど、運動の国際化を牽引してきました。
彼らは被害者の声を代弁する存在として絶対的な道徳的権威*8を持ち、韓国の歴代政権は彼らの意向を無視して日本と交渉することが事実上不可能な状況にありました。
しかし、2020年以降、この団体の不透明な運営実態が明らかになりつつあります。
元慰安婦の李容洙氏が「寄付金が被害者のために使われていない」「運動が政治利用されている」と告発。前理事長の尹美香氏(当時国会議員)による公金流用疑惑などが報じられ、韓国国内でも批判が起きました。
支援団体が「解決」そのものを目的とするのではなく、対立を「継続」させることで団体の存在意義を保っているのではないかという疑念です。こうした団体の強い影響力が、柔軟な政治的妥協を阻んでいる側面があることは否定できません。
韓国国内での慰安婦問題の聖域化と歴史教育の現状
韓国において、慰安婦問題は単なる歴史的事案を超え、民族のアイデンティティや「正義」に関わる聖域となっています。
学校教育では「日本による一方的な拉致と搾取」という構図が強く刷り込まれ、若年層ほど日本に対して強硬な態度を持つ傾向も見られます。このような教育環境下では、客観的な資料に基づいた冷静な議論は「親日派*9(売国奴)」としてのレッテル貼りを招く恐れがあり、知識人であっても慎重にならざるを得ない空気感があります。
近年、2020年代半ばにかけてもこの傾向は続いていますが、一方でインターネットの普及により、多角的な情報を求める層も現れています。しかし、一度形成された「被害者としての民族的感情」を修正することは容易ではありません。
日本側が歴史教育のあり方を批判すれば、それは「歴史の修正主義*10」として猛反発を食らいます。このように、互いの教育や歴史認識の再生産システムそのものが、和解を遠ざける装置として機能してしまっているのが現状の悲しい姿と言えるでしょう。
*10 歴史の修正主義:確立された歴史的見解を、特定の政治的目的のために意図的に歪めたり、否定したりすること。日韓双方が相手の主張をこれに当たると批判し合っている。
慰安婦問題はなぜ解決しないのか:国際社会の視点
日韓関係が膠着する中、主戦場は「国際社会」へと移っています。国連などの多国間枠組みにおいて、この問題がどのように定義され、勧告されているのか。そこには日本が抱える新たなジレンマと、解決をさらに難しくする現代的な価値観の壁が存在します。
2024年の国連勧告などの最新情勢を含め、グローバルな視点から掘り下げてみます。
国連女子差別撤廃委員会による日本への勧告内容

2024年10月、ジュネーブで行われた国連女子差別撤廃委員会(CEDAW*11)の審査は、日本に大きな衝撃を与えました。
委員会は、2015年の日韓合意が「サバイバー(被害者)の権利を十分に考慮していない」と指摘。日本政府に対し、被害者が受け入れられる形での公式な謝罪と、家族をも含む十分な補償を継続的に行うよう勧告しました。
これは、国家間の政治的合意があったとしても、「個人の人権侵害に対する救済」は終わっていないという国際社会の厳しい視線を示すものです。
日本政府はこれに対し、過去の経緯や合意の正当性を丁寧に説明していますが、委員会側の態度は一貫しています。2026年現在、日本は「国際法を守っている」という自負がある一方で、国際機関からは「人権基準を満たしていない」と批判されるという、苦しい立場に置かれています。
この「国際法(条約)」と「現代的人権規範*12」のズレは、日本一国でコントロールできるものではなく、解決を世界規模で困難にさせている要因です。
| 項目 | 国際社会(国連等)の指摘 | 日本政府の立場 |
|---|---|---|
| 解決の基準 | 被害者の主観的納得(被害者中心主義) | 1965年協定および2015年合意の遵守 |
| 謝罪の質 | 法的責任を認めた恒久的・公式な謝罪 | 歴代首相の手紙や談話ですでに表明済み |
| 教科書 | 慰安婦の事実を隠さず記述すべき | 検定基準に基づき、客観的な記述を実施 |
| 解決の現状 | いまだ「未解決」であるとの認識 | 「最終的かつ不可逆的」に解決済み |
*12 人権規範:国際社会が共有すべきとされる人権に関する基準やルール。国家主権よりも個人の尊厳を優先させる考え方が強まっており、過去の事象に対しても遡及的に適用される場合がある。
性奴隷という表現を巡る国際的な認識の乖離
「性奴隷(Sex Slaves)」という衝撃的な言葉が国際社会で定着し始めたのは、1990年代のクマラスワミ報告書(国連)あたりからです。
現在では、アメリカの教育現場や欧州の国際会議でもこの呼称が一般的になりつつあります。日本政府は「事実に反する不適切な表現である」として、2015年の合意時にもこの言葉を使わないことを確認しましたが、一度世界に広まったフレーミング*13を覆すのは至難の業です。
この言葉が独り歩きすることで、日本国内の世論は「そこまで酷いことはしていない」と反発を強め、逆に韓国や国際社会は「日本は事実を認めようとしない」と非難を強めます。言葉の定義一つをとっても、世界的な人権基準と日本の認識の間には大きなギャップが存在します。
2026年時点でも、この「性奴隷」というレッテルを巡る情報戦は続いており、互いの歩み寄りを阻む感情的なトゲとして機能し続けています。
韓国司法による主権免除の原則を否定する賠償判決

2021年および2023年に韓国の裁判所が出した判決は、国際法における「主権免除*14(国家は他国の裁判権に服さない)」という大原則を根底から揺るがしました。
元慰安婦らの訴えを認め、日本政府に賠償を命じたのです。日本政府は「国家として他国の民事裁判にかけられる筋合いはない」として裁判を無視してきましたが、判決は確定。韓国国内にある日本政府の資産が差し押さえられ、「現金化*15」されるリスクが現実のものとなりました。
もし実際に日本の資産が売却・現金化されれば、日韓関係は国交正常化以来、最大の破局を迎えると言われています。
韓国政府(行政府)もこの危うさは認識しており、判決を尊重しつつも、日本側の反発を抑えるための苦肉の策(第三者弁済方式など)を模索していますが、司法の独立性が強い韓国では政府が判決を無効にすることはできません。
司法の「暴走」とも言えるこの独自判断が、外交的な解決を完全に封じ込めてしまっているのが、2026年現在の最も深刻な膠着状態です。
*15 現金化:差し押さえた資産を売却して現金に変え、賠償に充てること。日本企業の資産が売却されることは日本政府にとって越えてはならない一線であり、深刻な外交摩擦を招く。
被害者中心主義の台頭と解決に向けたハードル

「被害者中心主義(Victim-centered approach*16)」という言葉は、近年の国際的な紛争解決におけるキーワードです。
これは、いくら国同士がハンコを押し、金を払っても、肝心の被害者が「これで救われた」と感じなければ真の解決とはみなさない、という考え方です。
理論上は美しいものですが、実務上は「ゴールポストが無限に動く」というリスクを内包しています。被害者一人ひとりの感情や納得感は千差万別であり、客観的な「終了点」を設定することが不可能だからです。
日本側はこの「ゴールポストの移動」に極めて神経質になっています。「一度決めたことが、被害者の主観一つでひっくり返るなら、もう二度と約束はできない」という絶望感です。
一方で、被害者側は「国家が勝手に私の苦しみを取引材料にした」という怒りを抱いています。この、マクロな「国家の安定」とミクロな「個人の尊厳」の折り合いがつかない点こそが、現代における解決不能なパラドックスの正体です。
被害者中心主義は、時に「解決を拒否する権利」を与えてしまう側面があります。これは、政治的な安定を求める外交の論理とは決定的に相性が悪いのです。
「帝国の慰安婦」で朴裕河教授が提示した第三の視点
ここで、和解へのヒントを提示した一人の学者の悲劇に触れなければなりません。
世宗大学の朴裕河教授は、著書『帝国の慰安婦』において、既存の「強制連行か、売春か」という二項対立*17を否定しました。
彼女は、慰安婦たちが当時の帝国主義という大きな構造の犠牲者であると同時に、戦地で兵士とある種の親密な関係を築いたり、業者による搾取を受けたりした「多様な実態」を描き出しました。日本政府の法的責任だけでなく、当時の社会構造全体を問うたのです。
しかし、この学問的な誠実さは、韓国社会から「名誉毀損」として告訴されるという過酷な弾圧を招きました。一時は有罪判決(後に大法院で破棄)が出るなど、言論の自由を脅かす事態となったのです。
「日本を免罪するのか」という感情的な反発が、事実に基づいた複雑な歴史分析を封じ込めてしまいました。朴教授が試みたような「ナショナリズム*18を超えた対話」の道がいかに険しく、そして攻撃されやすいものであるかを示しています。
*18 ナショナリズム:民族や国家を単位として、その統一や独立、利益を追求する思想。日韓双方のナショナリズムが激突することで、妥協や客観的事実の直視が極めて困難になっている。
日韓両国の世論に根差した忘却への恐怖と不信感
最後に、解決を阻む「心」の問題について触れます。
韓国側には、日本が本質的に反省しておらず、隙あらば歴史を修正し、自分たちの苦しみを「忘却」しようとしているという深い不信感と恐怖があります。だからこそ、何度も謝罪を求め、石碑を建て、記憶を形に残そうとします。
彼らにとって解決とは、単なる金の支払いではなく、日本人の心が変わったと確信できるまで続く「プロセス」なのです。
対する日本側、特に戦後世代には、「自分が生まれる前のことで、なぜいつまでも罪人扱いされなければならないのか」という強い反発があります。何度も謝り、基金を作り、合意を結んできた自負があるからこそ、韓国側の要求を「不当なゆすり」のように感じてしまうのです。
この「被害の忘却への恐怖」と「不当な責任追及への反発」という双方向の感情が、互いを「敵」と定義し続けるエネルギー源となっています。
よくある質問(FAQ)
Qなぜ2015年の日韓合意は「不可逆的」と言いながら破綻したのですか?
Q日本政府はこれまで一度も公式に謝罪していないのですか?
Q国際社会で「性奴隷(Sex Slaves)」という言葉が使われるのはなぜですか?
Q韓国の裁判所が日本政府に賠償を命じるのは国際法違反ではないのですか?
Q「被害者中心主義」が解決を難しくしているのはなぜですか?
Q1965年の協定で支払われた資金は、元慰安婦の方々に渡らなかったのですか?
Qなぜ支援団体の不正疑惑が解決に影響するのですか?
Q慰安婦問題が解決すると、日韓関係は劇的に改善するのでしょうか?
【総括】慰安婦問題はなぜ解決しないのか

ここまで読み進めていただき、ありがとうございます。結局のところ、慰安婦問題がなぜ解決しないかという問いに対する「答え」は、日韓両国が抱く正義の定義が根本から異なり、それらを同時に満たす単一の解決策が存在しないという厳しい現実にあります。
一方が重視する「法的決着」と、もう一方が求める「情緒的な正義」は、現在の国際情勢や法体系の枠組みの中では、残念ながら平行線を辿らざるを得ないのが実情です。
「一点の解決」ではなく「構造の理解」を
重要なのは、無理に一つの正解を導き出すことではなく、対立の多層的な構造を正しく理解し、決定的な破局を避けながら、この複雑な課題を次世代に「より良い形」で引き継いでいく姿勢に他なりません。
この記事の目的は、「どちらが正しいか」という二極化された議論から一歩離れ、歴史と法、そして感情が複雑に絡み合うこの問題の「多層的な困難さ」を知るきっかけになればと願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本記事は2026年2月現在の公開情報を基に作成されています。慰安婦問題を巡る歴史認識や法的解釈は、日韓両国の政治情勢や国際機関の勧告、さらには新たな司法判断によって極めて流動的に変化する可能性があります。特に地政学的リスクや外交政策に関する最終的な判断は、外務省等の公的機関が発表する最新の一次情報を確認の上、自己責任で行ってください。
■ 本記事のまとめ

